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空をこえて

26歳の平凡日本語教師がエジプトで個性的な学習者と繰り広げる日々

エジプトの仕事 「え、土日休みじゃないの?」

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写真:道路標示を塗るおじさん

 

みなさんこんにちは。ハナです。


現在、28年度2次隊青年海外協力隊のボランティアとして、エジプトの大学で日本語を教えています。


前の記事では、任地で必ずどの隊員も受けるべき語学訓練(3週間程度)を受けられないまま、地方への赴任が決まったことをお話ししました。

hannuna.hatenablog.com


私の場合、協力隊の中でもけっこう異例。のんびり語学訓練をしていると受け入れ先の大学が長期休みに入り、活動することがなくなってしまうという危険があったためです。
JICAがいいかげんなわけではないですよ。(もっと早く教えてほしかったけど!笑)

 

 

エジプトのしごと

これから私の仕事やエジプト社会について書いていくわけですが、そのまえにエジプトの仕事のあり方について紹介します。休日や仕事時間、日本とだいぶちがうのではないでしょうか。

 

 

 

エジプトの「休日」は土日じゃない!?

日本での休日といえば、土曜日と日曜日のことですよね。そして、月曜日から仕事や学校が始まります。つまり、月曜日が一週間の始まりの日です。

 

しかし、エジプトでは休日という言葉が指すのは金曜日のことなんです。

 

エジプトは言わずもがな知れたイスラム教の国。国民の約90%がイスラム教徒です。イスラム教徒は1日に5回お祈りがあり、仕事場にある部屋、廊下の隅などで絨毯を敷いてお祈りしています。


しかし、毎日お祈りする彼らにとっても、金曜日は特別なお祈りの日。
この日だけは必ずモスクに集まって、イマーム(礼拝指導者)の説教を聞きながらお祈りをするそうです。でも、男の人だけ。

【補足】男の人→モスクに行くのが義務。女の人→行けたらいいけど義務じゃない、だそうです。女の人は子どもの世話とか生理による体調不良とかあるから無理しなくていいのだとか。

 

エジプトの曜日の名前は、数字の1から順に名前をとっています。例えば、「日曜日=第一曜日」「月曜日=第二曜日」のような言い方なのです。

しかし、金曜日だけは特別な名前が。アラビア語を勉強していた時「え、どうしてこれは第七曜日じゃないの?」って混乱しました(笑)。名前の語源は「集まる」だそうです。モスクに集まるという意味でつけられたのかな。

 

金曜日にお祈りをするのは、預言者ムハンマドが630年メッカに無血入城した日が金曜日だったからのようです。

金曜日以外の休日は、それぞれの職場によって違います。でも、聞いた話では金土2連休のところが多いです(大学は土曜授業のところもありますが)。みんな連休で休みたい気持ちは同じですね~。

 

 

仕事が終わるのが超早い!

イスラム教は朝にもお祈りがあるので、彼らはとっても早起きです。朝8時半くらいから仕事が始まります。商店は朝7時半くらいにはもう開いています。

 

それで、だいたい終わるのが午後2時か3時。うちの大学の職員も、ほとんどが2時のバスで帰っています。
3時半まで授業をやっているうちの学科は、授業後に教室を出てみると、まるで廃墟のように静まり返っています。

 

「エジプトは楽でいいなぁ」と思ったあなた。そんなことはありません。
エジプトでは、本業の給料が十分ではなく、副業をしている人がたくさんいます。教授はさすがに副業をしていないようですが、この間学部室の秘書がスーク(市場)で楽器を売っているところに会いました。
夜のほうがスークが活発なのは、副業している人が夜にお店を開くからという理由もあるようです。

 


お昼休みがない!

エジプトの職場には、基本お昼休みがありません。

 

うちの職場は大学なので、先生たちは授業の空きコマにサンドイッチなどを食べています。甘いシャーイ(お茶)やネスカフェ(ミルクコーヒー)は欠かせません。


それから、みんなお菓子が大好き。学生間でもよくビスケットのおすそわけをよく見かけます。

 

お昼休みがないというより、いつでも食べられるというだけなのでは?と思ったりもしていますが、基本的お昼ごはんというのは、仕事や学校が終わったあと(14時とか15時ごろ)食べるものなのだそう。

 

つまり、昼12時ごろ財布だけ持ったOLがぞろぞろと街を歩く日本の丸の内のような光景はいっさい見られません。

 


まとめ
日本では当たり前の曜日感覚や時間感覚が、エジプトでは通用しません。でも仕事中におしゃべりタイムやお茶タイムがあるのは当たり前。みんなとっても楽しそうに喋って、手を動かして、また喋って。


休み時間をきっちり決めないのは、「仕事時間がキツイ」という概念がないからなのかもしれないですね。

 

 

 





エジプト到着 「ハナさん、すぐ赴任です」

f:id:hannuna:20170123020710j:plain写真:オールドカイロ

 

みなさんこんにちは、ハナです。

ここからは、エジプトに着いてからのことを書いていきます

 

 

ついにエジプト到着!

2016年10月初旬、いよいよエジプトのカイロ空港に降り立ちました。

空港入口では調整員(私たちボランティアの担当さん)がお出迎え。一緒に車に乗ってドミトリーに向かいました。

 

青年海外協力隊には、首都に「ドミトリー」と呼ばれる宿泊施設があって、最初の研修中や長期休みのときはそこに泊まれるようになっています。

 

着いてからは祝日などがあり、2~3日お休み。


いい機会なのでドミトリーの周囲を見てまわったり、書類を見返したり…。


エジプトに来る前にJICAからもらったスケジュールには、こう書かれていました。

 

スケジュール

  <1週間の安全対策などの講座を受ける>

          ↓

    <約3週間語学研修を受ける>

          ↓

       <任地へ赴任>

 

 

 

 

え、まさかの?

私は首都からだいぶ離れた地方に配属予定でした。職種は日本語教師。大学の言語学部で日本語を教えることになっています。

  

「よーし、語学研修を頑張って、1か月後に先輩隊員や学生にいいところを見せよう!」

 
意気込んだ私が、連休明けの最初のオリエンテーリングで調整員から言われた言葉。

「あ、ハナさんはこのスケジュールじゃなくて、1週間後に任地に赴任してもらおうと思ってるんですけど」

  

え?

 

 

 

 

「ハナさん、すぐ赴任です」

「あ、ハナさんはこのスケジュールじゃなくて、1週間後に任地に赴任してもらおうと思ってるんですけど」

 

え?

 

「家が確保でき次第なんですけどね。もう大学の新学期が始まってますし、先輩隊員から『できれば早く来てほしい』との要請が出てるので。」

 

えっと、語学研修は?

 

「大学の長期休みとか、次の隊員さんと一緒に受けてもらうことになります。同じ大学に赴任している先輩隊員さんも、そうやりましたよ」

 

ああ…そうなんですか。(ずいぶん先だな)

 

 

 

そんなこんなで、あれよあれよという間にエジプトに着いて10日で地方に赴任!


ショックは大きかったものの、ドミトリーに帰ってからは、久しぶりに教壇に立てる嬉しさがふつふつと湧いてきました。JICAの訓練があって、しばらく教える側はお休みしていましたからね。

 

 

いったいどんな町なんだろう。


どんな学生がいるんだろう。


どんな先輩隊員さんがいるんだろう。


楽しいことがいっぱいあるといいなぁ。

 

 

自分の頭の中がお花畑であることに感謝しつつ、私は任地に飛び立ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自己紹介

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私は現在、青年海外協力隊としてエジプトで活動しています。

大学で日本語を教えたり、学生が参加するイベントの準備をしたりしています。

 

 

配属されたのは2016年10月。もう4か月が経とうとしています。

なぜこのタイミングでブログを始めたのか。

それは「エジプトに関する記事って少なくない?」とびっくりしたからです。

旅行者の断片的な情報発信以外、ほとんどないのです。

 

 

そこで、このブログではエジプトに関する情報を中心に、エジプト国内での青年海外協力隊の活動についても触れていこうと決めました。よろしくお願いします。

 

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では、まず書き手(私)の自己紹介をしておきます。

(けっこう、協力隊の人の経歴って謎のところが多いですよね。)

 

 

「海外へ行きたい!」高校時代

ドラマ「やまとなでしこ」に憧れて、キャビンアテンダントになりたかった私。しかし、調べてみると160cmぐらいの身長が必要。ちびすけの私は泣く泣くあきらめた。

でも、世界を飛び回って活躍する松嶋菜々子への憧れは捨てきれず。その後偶然テレビで見た日本語教師の姿に刺激を受け、「日本語教師になろう」と決意。

 

 

「日本語教師になる!」大学時代

某大学外国語学部で、日本語教員養成課程をとって勉強。すごく面白くて、日本語資料室に入り浸っていた時期もあった。そして大学の先生に「日本語教師で食べていきたいなら、大学院行かなくちゃ」と言われ、「ああ、大学院面白そう」と考える。

大学4年生からは外国人集住地域で、親の事情で来日した子たちに日本語や英語を教えていた。

 

 

「研究者になろう!」大学院時代

都内の大学院を受験し、合格。子どもの日本語教育現場で使われている教材と、それを作った人たちを主に分析対象とし、充実した研究生活を送った。同時に、子どもに日本語を教える仕事をいくつかやっていた。

教授から「教師はみんな、学習者のために考える研究者でなくちゃいけないんだよね」と言われ、はっとする。研究者って、地位を示す言葉じゃないんだ。私もそうでありたいと願う。

 

 

「このままじゃ生きていけない」社会人時代

大学院卒業後、大学の留学生センター、日本語学校、定時制高校(NPOの派遣)でそれぞれ非常勤の仕事を持つ。一週間でそれぞれの職場を行き来した。非常に疲れた1年だった。特に、集団授業に慣れていない時期は授業準備だけで手いっぱいで、一週間に2日徹夜が当たり前だった。一方で、給料が出るのは授業時間分のみ。

年金・国民健康保険の支払いと奨学金返済でだいぶ飛んでしまい、「このままじゃ生きていけない」と感じる。

 

 

協力隊応募

なんとか現状を打破したいという想いと、「海外に行く必要性ってあるのかな」という想いが交錯していたとき、背中を押してくれたのは協力隊OBだった。

同じ大学院だった彼女は「協力隊に行っていた2年間が、人生で一番必要としてもらえた2年間だった」と笑って話してくれた。私も彼女みたいになりたいと思い、応募。

健康上の理由で一度は落ちたものの、二度目の受験で合格。

 

 

 

ざっとこのような感じです。

もし協力隊に応募しようか迷っている方がいたら、まずは説明会でOBの話を聞くのが一番です。彼らの体験談にすべての情報は凝縮されています。

ではでは、これからよろしくおねがいします。