空をこえて

26歳の平凡日本語教師がエジプトで個性的な学習者と繰り広げる日々

自己紹介

f:id:hannuna:20170120185929j:plain

 

私は現在、青年海外協力隊としてエジプトで活動しています。

大学で日本語を教えたり、学生が参加するイベントの準備をしたりしています。

 

 

配属されたのは2016年10月。もう4か月が経とうとしています。

なぜこのタイミングでブログを始めたのか。

それは「エジプトに関する記事って少なくない?」とびっくりしたからです。

旅行者の断片的な情報発信以外、ほとんどないのです。

 

 

そこで、このブログではエジプトに関する情報を中心に、エジプト国内での青年海外協力隊の活動についても触れていこうと決めました。よろしくお願いします。

 

◆◇ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー◇◆ 

では、まず書き手(私)の自己紹介をしておきます。

(けっこう、協力隊の人の経歴って謎のところが多いですよね。)

 

 

「海外へ行きたい!」高校時代

ドラマ「やまとなでしこ」に憧れて、キャビンアテンダントになりたかった私。しかし、調べてみると160cmぐらいの身長が必要。ちびすけの私は泣く泣くあきらめた。

でも、世界を飛び回って活躍する松嶋菜々子への憧れは捨てきれず。その後偶然テレビで見た日本語教師の姿に刺激を受け、「日本語教師になろう」と決意。

 

 

「日本語教師になる!」大学時代

某大学外国語学部で、日本語教員養成課程をとって勉強。すごく面白くて、日本語資料室に入り浸っていた時期もあった。そして大学の先生に「日本語教師で食べていきたいなら、大学院行かなくちゃ」と言われ、「ああ、大学院面白そう」と考える。

大学4年生からは外国人集住地域で、親の事情で来日した子たちに日本語や英語を教えていた。

 

 

「研究者になろう!」大学院時代

都内の大学院を受験し、合格。子どもの日本語教育現場で使われている教材と、それを作った人たちを主に分析対象とし、充実した研究生活を送った。同時に、子どもに日本語を教える仕事をいくつかやっていた。

教授から「教師はみんな、学習者のために考える研究者でなくちゃいけないんだよね」と言われ、はっとする。研究者って、地位を示す言葉じゃないんだ。私もそうでありたいと願う。

 

 

「このままじゃ生きていけない」社会人時代

大学院卒業後、大学の留学生センター、日本語学校、定時制高校(NPOの派遣)でそれぞれ非常勤の仕事を持つ。一週間でそれぞれの職場を行き来した。非常に疲れた1年だった。特に、集団授業に慣れていない時期は授業準備だけで手いっぱいで、一週間に2日徹夜が当たり前だった。一方で、給料が出るのは授業時間分のみ。

年金・国民健康保険の支払いと奨学金返済でだいぶ飛んでしまい、「このままじゃ生きていけない」と感じる。

 

 

協力隊応募

なんとか現状を打破したいという想いと、「海外に行く必要性ってあるのかな」という想いが交錯していたとき、背中を押してくれたのは協力隊OBだった。

同じ大学院だった彼女は「協力隊に行っていた2年間が、人生で一番必要としてもらえた2年間だった」と笑って話してくれた。私も彼女みたいになりたいと思い、応募。

健康上の理由で一度は落ちたものの、二度目の受験で合格。

 

 

 

ざっとこのような感じです。

もし協力隊に応募しようか迷っている方がいたら、まずは説明会でOBの話を聞くのが一番です。彼らの体験談にすべての情報は凝縮されています。

ではでは、これからよろしくおねがいします。